4月は全くキラキラしてないよって新社会人たちに伝えたい

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4月って憂鬱だよね。なぁんかみんなキラキラしてるじゃん?新入生、新社会人、新生活、新大久保。テレビのCMではバシッと決めたリクルートスーツとか天使の羽が生えたランドセルとかお皿の貰えるパンまつりとか桜の開花とか流れててさ。なんていうか世間が全体的に浮かれてる。そんな光景を見ると言ってやりたい。

現実はそんなキラキラしてねぇから!

少なくとも俺の新社会人デビューはキラキラとは縁遠いものだったのだ。

***

怒号から始まる新卒研修

大都会。オフィス街の一角。高層ビルの20階だかそこらにある会社。そこが俺の内定をもらった会社だった。業務内容はよく知らない。就職活動を真面目にしなかったせいで、会社のことをろくに調べもせずに応募して内定をもらったところに営業職で入社した。エレベーターで会社に着くと「新卒の方は研修フロアへ行ってください」と大きなフロアに案内される。そこは体育館くらいの広さがあり、100名くらいは余裕で入りそうだ。デスクが4人分で1つの島になっていて、中央には「A班」から「Z班」までそれぞれ立て札が立てられていた。俺は目に留まった「E班」の席に座った。

「よろしくお願いしまぁす」

席に着くなり隣に座っていた女性に声をかけられた。もっちりしたお肌にショートカット。紫式部に似ているので紫と心の中で名付けて彼女によろしくと返事をした。

「この新卒研修はグループ会社合同でやるらしいよ。この2人は別の会社なんだって」

向かいに座る2人の方を見た。1人は絶対に営業職に向いていなそうなオタクっぽい青年で、もう1人は対照的にいかにも営業職やってそうなサッカー部キャプテンみたいな人だった。俺の視線に気づいた2人がこっちを見てきた。

「別会社だから研修だけの付き合いだけどよろしくな」

サッカーが気さくに自己紹介してくる。イケメンだ。彼は別のグループ会社の営業に所属するらしい。俺と紫とサッカーは3人で出身大学や学生時代にやってたことなどを団らんした。

そんなことをしているうちにどんどんと人が増えてきた。空席がほとんどない。100名近くの新卒たちが一堂に会している。男女の割合は7対3くらいだろうか。他の班も俺たちと同様会話に華を咲かせているようで割とガヤガヤしていた。

・・・

「ねぇ、あれって誰かな」

紫に声をかけられて前方を見る。なんか坊主頭で目つきの怖いおっさんがいる。40代くらいだろうか。木刀でも持ってれば学園ドラマとかでよく見る鬼教官そのものだ。そのおっさんが黙って目だけで辺りを見回している。会社の偉い人かな?よくわからないけど黙った方がよさそうだ。紫もサッカーもオタクも話すのをやめて姿勢を正した。他の班でもそんな気配を察したのか徐々に静かになっていく。これぞ右へ倣えの日本人。ガヤガヤしていた空気が一変して静寂が訪れる。そのタイミングで指導官が口を開く。

「お前ら何しにここに来てんだ?」

物凄く低いトーン。あ、これ相当怒ってるやつだ。

「いつまで学生気分なんだよ。今何時か言ってみろ。おい、そこのお前」

オタクが指名された。オタクはポケットからスマホを取り出そうとする。

「お前、腕時計もしてねぇのかよ。社会人の自覚ねぇんじゃねぇの」

腕時計をすると社会人の自覚が備わるのだろうか。よくわからないが、オタクは何も言えず黙っている。

「9時11分だよ!!!始業は9時からだろ!!!いつまでもワーワー騒いで何考えてんだよ!!!」

怒号。怒号ってこういう時に使うのかと関心するくらいの声量だった。静けさにつつまれた大広間に鬼教官の怒鳴り声が響きわたる。それにしても怒鳴られるなんていつぶりだろう。

「もう今日からお前らは学生じゃねぇ。社会人なんだ。考えて行動しろよ!!」

静寂。

「返事が聞こえねぇぞ!!」

怒号。

「「「はい!」」」

…めっちゃ体育会系だ。営業職ってこういう感じなの?全然知らなかった。ついていけんのかな。そんな不安を持ちつつ新卒研修が始まった。

名刺交換はバーゲンセールのごとし

鬼教官の登場によって突如軍隊と化した新卒研修。その鬼教官はどうやら会社の人ではなく新卒研修で鬼教官をしてくれる会社の人らしい。そんな仕事が存在することに驚きだ。「ビシバシ鍛えていくから覚悟しろよ」と言いながらスケジュールを配った。次のプログラムはどうやら「ビジネスマナー」らしい。若者たちをすぐ怒鳴りつける人からマナーを学ぶ。素晴らしい。さぞ立派なビジネスマナーを学べることだろう。

「まずはビジネスマナーを教える。ここだと話す距離が遠いから俺の周りに集まってくれ。もたもたすんな。さっさと来い!」

「「「はい!」」」

この軍隊はしっかり返事をする習慣が身についたようだ。フロアの新卒たちは中央の鬼教官の前にそそくさと集まった。

「まずは名刺交換からだ」

そう言って「名刺は目下の者から差し出す」とか「机を挟んで交換するのはNG」とか「相手が差し出した名刺よりも下に差し出す」とか「名刺を差し出すときは社名・部署・フルネームをはっきりと名乗る」とか基本的なマナーを教えてもらった。

「じゃあやってみたい人いるか」

静寂。別に誰も鬼教官と名刺なんて交換したくない。

「こういう時に手を上げられないやつが仕事なんてできるわけねぇだろうが!!ここはベンチャー会社だ!何事にも手を上げてチャレンジできるやつが上に行けるんだぞ!!!お前ら新卒なんだからそれくらいできなくてどうすんだよ!!」

怒号が飛んだ。冷静に考えて仕事で鬼教官をやるのは相当辛いだろうに。俺はこの鬼教官が「職業的鬼教官」だと知った時から頭の中で「頑張って怖い人を演じようとしている人」にしか見えなくなってしまった。

「もう一回聞くぞ。やりたいやついるか。やりたい奴は名刺を俺に差し出してみろ」

みんなで一斉に鬼教官に名刺を差し出す。彼の周りにわらわらと人が集まり、フルネームを名乗りながらダミーの名刺を差し出している。1列目は鬼教官に差し出せているが、2列目からはもう誰に差し出しているのかわからない。ここはバーゲンセールの会場なのか。アホらし。そう思った俺や他の数名は一度密集地帯から抜け出す。

「おい、今身を引いたお前らちょっと来い」

やばい。鬼教官に見られてた。俺と他数名は鬼教官の前に立たされる。

「何で今身を引いたんだよ!!身を引いた瞬間チャンスが無くなるんだぞ!!ビジネスっていうのは他の人よりも一歩前に出た奴が勝つんだよ!前にいるやつを蹴落としてでも自分が渡すくらいの気概を見せろ!わかってんのか!おい!」

こっぴどく怒られた。なるほど。営業はそういう世界なのか。バーゲンセールの中で必死に目玉商品をもぎ取るように、前にいる奴らを蹴落としてでも自分が這い上がろうとしなければならない。まさに弱肉強食。でも名刺交換でそれ再現する必要ある?こんな1対100で我先に名刺渡すみたいな場面ってあるの?

そんなモヤモヤが心に残ったままビジネスマナーの研修が終わった。

壁に向かってテレアポしてろ

「次は営業の基本となるテレアポを教える。実際の会社のサービスを絡めて教えるからお前らの上司から説明が入る」

営業の基本ってテレアポなんだ。知らなかった。そもそも営業が具体的に何するのかも知らない。あとこの会社が具体的にどんなことをやっているのかも知らない。

「部長の遠藤です。よろしく」

若い男性が前に出てきた。年齢は見た感じ俺の2つか3つ上くらいだった。その年で部長ってことは凄い実力のある人なんだろう。

「おい!!!上司がよろしくって言ってんだからあいさつしろよ!!」

ぼーっとしてたら鬼教官から怒号が飛んだ。

「「「よろしくお願いします!!」」」

遠藤さんによると会社で新規サービスが始まるらしい。端的に言えば飲食店向けの広告媒体だ。飲食店からお金をもらって広告を掲載する。至極シンプルな仕組み。その媒体のリリースにあたり、広告を掲載する飲食店を探さなければいけない。

「そこで皆さんには午後から実際に飲食店へテレアポをかけてもらいます。きちんとアポが取れるようにしっかり練習しましょうか」

「「「「はい!」」」」

具体的な業務になったからか、鬼教官じゃないからか、どちらかはわからないが心なしか皆やる気のようだ。早速テレアポの原稿が皆に配られた。

「じゃあ各自で10回読み上げましょう。スタート」

一斉にボソボソっと原稿を読み上げだしたその時に再び怒号が飛んだ。

「声が小さい!!練習ではっきり話せないような奴が電話で話せるかよ!!腹から声出せ!!」

その瞬間からテレアポ原稿大合唱が始まった。皆とにかく大きな声で原稿を読み上げた。

「それではあぁぁ!!○○日のおぉ!!○○時にいぃ!!お伺いしまぁす!!」

実際にこんなテンションと声量で電話がかかってきたら受話器に耳を当てられないだろう。目的が「テレアポの練習をする」というより「テレアポの原稿を大きな声で10回読む」ことにシフトしている。でもまぁ大声を出すのは気持ちよかった。

「じゃあ皆さんテストしましょうか。これから会社の社員たちの前で一人ずつテレアポのロールプレイをしてもらいます」

気付けばフロアの前に10人くらいの社員たちが並んでいた。

「各社員の前に並んでください。目の前の社員が電話の相手役です。社員からOKが出たら席に戻って。ダメだったらまた列に並びなおしてください」

テレアポの原稿をもって社員たちの前に並ぶ。自分の番になるまでは他の並んでる人と練習する。時おり先頭の人が合格したのか気になって見てみると並び直す人と壁側に向かっている人がいる。OKは席に戻ってNGはならび直す。それなら壁側に向かう人は何なんだ?そうこうしているうちに俺の番になった。

「もしもし、お世話になっておりー」

「はい、声が小さくて聞こえないから。壁に向かって10回原稿読み上げてから並び直して」

こういうことか。壁際に向かってみるとみんなが大声で原稿を読み上げてる。すごい光景だ。ただ囚人たちのジレンマゲームよろしくそんな状況に飲まれてしまっている自分がいた。壁の前に立つと皆と同じように原稿を読み上げる。いや、叫びあげる。

「おせわになっておりまぁぁぁす!!!!」

壁に向かって練習して列に並ぶ。社員の前で発表する。それが十回くらい繰り返されようやく席に戻ることができた。

アポとるなんて5歳児でもできる

昼休憩を挟んで午後から飲食店へのテレアポが始まる。各班の前にはホワイトボードがあり、各自の名前を書かされた。どうやらアポがとれたら名前の横に正の字を書いていくらしい。

「今日は各班で10件のアポがノルマだ。この数字は目標じゃない。絶対に達成するものだ。逆に達成したところから研修終わりにしていい。気合い入れていけよ!」

鬼教官から激励が入り始まった。ノルマを達成したら帰っていいらしい。1つの班に4人だから1人あたり3件とれば達成ってことか。終業が18時だとすればあと5時間はある。5時間で3件か。あれ?割と楽勝なんじゃない?各デスクには飲食店の名前と住所と電話番号が書かれたリストが配られている。テレアポなんて電話して予約するみたいなもんだろ。楽勝楽勝。そんな思いで一件目の電話をかけた。

「もしもし、お世話になっております。○○会社の立川と申します」

「営業電話?今お昼時で忙しいんだよ。時間考えて電話して」

ガチャ。ツーツー。原稿の一行目で終わった。大事なことを忘れていた。電話相手は飲食店。時刻は13時過ぎ。ランチタイムのピークだ。そんな時間に電話がかかってきたら切られるのは自明のことだ。俺は二件目に電話する手が止まっていた。

「ほら!手止めんなよ!件数稼がなきゃアポとれるもんも取れねぇぞ!!!切られたら次だ次!」

大分前から感覚がマヒしていて怒鳴られたら体が言うことを聞こうとしてしまう。俺は止まっていた手を動かし二件目へ電話をした。

・・・

「いったん荷電ストップして」

一時間過ぎたあたりで遠藤さんからストップがかかった。俺はその後も忙しいからという理由で全く相手にしてもらえず原稿の一行目以降読み上げられないままだった。

「アポ取れた人いる?」

静寂。まだ誰もアポをとれていないらしい。少し安心している自分がいた。その光景を見た遠藤さんはニコっと笑った。その笑顔に背筋が凍る。目が笑っていないのだ。この人は鬼教官なんかよりも絶対に怖い人だと直感する。

「アポとるなんて喋れれば誰でもできることだよね?たぶん5歳児くらいに原稿渡してもできるんじゃないかな。それなのに君たち一時間やって成果ゼロなの?」

遠藤さんは鬼教官と対照的に淡々と話す。鬼教官が木刀でバシッと殴るタイプだとしたら、遠藤さんは鋭利な刃物をお腹の柔らかいところをゆっくりズブズブと刺してくる感じだ。無論こちらの方が心にダメージが入る。

「5歳児でもできることをできてない。君らって十数年何してきたの?何もしてないんでしょ。言い返せる人いる?いないよね。だって君らできてないんだし。大学とか専門とかで勉強して成長してここにいるんでしょ?こんなにも出来ないとは思わなかった。本当に残念です」

隣の紫が涙目になっている。皆の無力感をここまで煽れるのはすごい。遠藤さんの話し方、間の置き方、声のトーンなどが相乗効果となり言葉の説得力が生まれている。この人は話のプロだ。営業のできる人とは言葉を巧みに操って相手の感情を誘導できる人なんだと感心した。

「皆ここまで言われて悔しくないの?悔しいならさ、結果出そうぜ。それじゃ、第二ラウンド頑張って」

あくまで淡々とした口調でそう言うとニコッと笑う。

「「「はい!」」」

新卒たちが一斉に返事をすると荷電を始めた。遠藤さんの鼓舞により芽生えたのはひた向きな「頑張ろう」というポジティブな意思ではない。無力感を煽られ、過去を全否定されたことによる「悔しい」「ふざけんな」「見返してやる」という負の感情。負の感情に支配された人間というのは相手の気持ちを考えることをやめる。例えば「忙しい」と相手が言ったとしても「いやいや、1分ほどで電話終わりますからまずは話を聞いてください」と粘る。「間に合っている」と言われれば「今使っていただいているものより良い自身があります」と粘る。粘る。とことん粘る。相手の気持ちも恥も外聞もかき捨て、ただテレアポを取ることだけを考えるようになるのだ。

「アポ取りました!」

遠くの班で声が上がると、「アポ取りました!」と他の班でも声があがる。時間が経つにつれてそんな声は徐々に増えていった。遠藤さんはアポが取れた人の席まで行くと「おめでとう」と言って握手をしていた。その光景を目撃したアポを取れていない人は更に劣等感、無力感が増し負の感情が募る。フロアの異様な熱気はどんどんと高まっていった。俺はといえば2時間後くらいにやっと1件テレアポを取ることができた。取れない間の2時間は苦痛極まりなかったが、取れた瞬間はかなり嬉しかった。電話の相手が神様にさえ思えた。遠藤さんに「おめでとう」と言われ握手を求められた。この人に頑張りを認められてしまうと更に頑張ろうと思ってしまう。そう、読者の皆さんお気づきだろうが都合が良いようにマインドコントロールされている。ただ怖いことにこの状況に陥ってしまうとコントロールされていることに全然気づかない。完全な洗脳状態だ。さぁ2件目もこの調子で取るぞと意気込んで受話器を手に取るのだった。

研修は達成するまで終わらない

時刻はあっという間に18時となった。アポイントの件数は各班で2件ほど。まだ1件も取れていない人もいれば、2件目、3件目を取った人もいる。俺は最初の1件取れた後はさっぱり取れていない。

「いったん荷電ストップして」

遠藤さんから声がかかる。終業時間のため終わるのだろうか。当初発表されたノルマには全然届いていない。

「みなさんお疲れさまです。アポ取れた人」

今度はちらほらと手を上げる。遠藤さんはその光景を見てうんうんと頷いた。

「じゃあノルマ達成した人」

遠くの班で1人だけ手を挙げた。

「お、すごいね。何件アポ取ったの?」

「3件です」

そこで遠藤さんは少しだけ顔を強張らせる。

「は?お前ノルマが何だったか言ってみろよ」

「各班で10件アポイントを取ることです」

「それで?お前らの班は何件なの?」

「…5件です」

「達成できてねぇじゃん。何?嘘の報告したの?」

「いや各班で10件なら1人3件取ればノルマ達成かと思ったんですが…」

「誰がそんなこと言ったの?1人あたり3件って誰かに言われた?」

「いえ…」

「言ってねぇだろうが。嘘ついてんじゃねぇよ」

怒鳴らずに淡々と彼を追い詰める。お昼の時は丁寧な口調だったが、今回は口調が荒い。お昼よりも緊迫した空気が漂う。遠藤さんの視線が彼から全員に向けられた。

「ノルマっていうのは各班で10件だから。間違えんなよ。じゃあまだ1件も取れてないやつ手上げて」

ちらほらと手を上げる。目の前のオタクも手を上げていた。遠藤さんはオタクの前に座るサッカーに声をかける。

「お前こいつに何かアドバイスとかしてあげたの?」

「いえ…」

「じゃあお前だけで10件取るつもりだったの?」

「いえ…」

「なら何で教えてあげねぇんだよ。お前がアポ取れたときの方法とか何でこいつに共有してやんねぇんだよ」

そう言うと再び全体を見渡した。

「いいですか、みなさん。営業っていうのはチームプレイです。設定されたノルマなんてたいてい1人ではどうしようもないものだから皆で協力して達成を目指してください。とりあえず22時まで延長戦で。さぁ頑張ろう」

丁寧な口調に戻り、ニコッと遠藤さんが笑うと皆の緊張の糸が緩んだ。終業時間を超えたことなんて誰も気にしていない。今はノルマを達成することだけを考えていた。俺、紫、サッカー、オタクの4人で各自のアポが取れた状況や会話を共有して断り文句に対する対応策を話し合った。準備が万端になったところで改めて荷電をスタートした。お昼に渡されたリストは200件近くあったが間もなく最後までかけ終わりそうだ。そのあとはリストの中で繋がらなかったところや「忙しい」と電話を切られたところなど再び荷電する。絶対達成してやる。こうして延長戦が始まった。

研修の果てにあるもの

この時間になると居酒屋系の飲食店しか電話できない。だが、居酒屋であればピークの時間帯だ。忙しいと言われることが多い。ただこれまでの経験により忙しいと言われガチャ切りされることに何も感じなくなった。少しでも話を聞いてくれるところにサービスの説明をしてアポにこぎつける。原稿なんて不要だ。反復されたセリフは既に脳内に刻み込まれていた。俺は心折れることなく何件も電話をかけ続け2件アポを獲得することができた。紫もサッカーも順調だ。サッカーは既に4件アポをとっていた。紫は2件。オタクはまだ1件もとれていなかったが、逆に誰かが1件さえ取れればノルマ達成だ。あと1件。受話器を握る手に力がこもる。そこで無常とも言うべき声がかかる。

「荷電終了です」

終わってしまった。敗北感が押し寄せる。ノルマを達成できなかった。悔しさと無力感でいっぱいになる。

「ノルマ達成できた班ある?」

2つの班が手をあげた。

「おめでとう。じゃあ今日は帰ってください。お疲れさまでした」

遠藤さんにそう言われると、2つの班は素早く身支度を済ませ退出していった。

「さて、達成できなかった皆さん」

ゴクリと生唾を飲み込む。何を言われるのだろうか。フロア内に緊張が走る。

「反省会しようぜ。この断り文句に対応できなかったっていうのある?そこの君」

「えぇっと、今日一番多かったのは『広告やってないから』でした。それにうまく対応できませんでした」

「そういう時にどう返すかわかる人手上げて」

お昼の時のように淡々と怒られるのかと思ったが違った。本当に反省会だ。今日の悪かったところ上げさせて改善点を提示させる。遠藤さん自身が答えを言うのではなく、新卒たちから答えを求めて議論を生んでいる。不思議と連帯感が湧いてくる。

・・・

「俺さ、先に帰った出来る奴らよりも、ここからあいつらを見返せるようになった奴の方が好きなんだよね」

一通り議論を終えると最後に遠藤さんが言った。フランクな口調だ。雰囲気もなんだかフレンドリーだ。状況に応じて口調や雰囲気を変えて場を支配する。遠藤さんすげぇ。

「明日は必ず見返してやれよ。今日は解散で。お疲れ様」

「「「お疲れさまでした!!」」」

こうして俺の社会人デビュー1日目が幕を閉じた。

***

4月は戦場への入り口

怒鳴り声から始まり、バーゲンセールでもみくちゃにされ、壁に向かって叫び、完全に洗脳され、上司に心酔する。ほらね、全くキラキラなんてしていないでしょ。この翌日以降も同じようにアポをとって、そのうち商談に行って契約しての繰り返しだ。ノルマに追われて相手の気持ちなど考えもせずに必死に自身の成績だけを追うモンスターと化す。思うに4月というのは戦場に足を踏み入れる季節なんだ。よく知りもせずに営業という戦場に足を踏み入れた俺は、土埃に塗れて泥臭く這いつくばった挙句に敗れるしかなかった。そんな戦場に身を落とす覚悟なんて微塵も持ち合わせていなかったし、案の定この生活は長く続けられなかった。

 

そんなわけで4月になって新しい何かを始める方は、浮かれてないで戦場に赴く覚悟と準備をしようね、というお話。

立川豊でした。

28歳。男性。太っているか太っていないかでいったらデブ。わかばたいむす副編集長。

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