イチローが毎日カレーを食べていたエピソードは有名な話だ。厳密には毎日ではないんだろうけど、それでもほぼ毎日カレーを食べていた時期があったということに驚く。
この「毎日同じものを食べ続ける」というのは一見簡単そうに見えて難しい。
主食が米の人は米を毎日食べているじゃないか、主食がパンの人は毎日パンを、と思うかもしれない。でもそれは調理方法とか味付けが毎日違うから飽きずに食べられるのだと思う。
好きなものであれば同じ調理方法、味付けでもしばらくの間は平気だろう。
でも、何事にも限度がある。
ここでは、同じものを食べ続けて限界になったエピソードを紹介したい。
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何年も前の話になる。
俺は営業として飲食店を回っていた。広告系の営業で、新規開拓のための飛び込み営業だ。
基本的には持ち場のエリア周辺の飲食店を探して、お客さんのいないタイミングを見計らって訪問。その時にオーナーさんがいれば商談を持ち掛けて、忙しいと断られたらアポイントをとって次の飲食店に行くのを繰り返す。
基本的に使い古された営業手段だし、飲食店のオーナーさんもそんな営業に慣れっこだ。たいていは塩対応で追い返される。まぁ、飲食店側にとってはいきいなり押しかけられて金の話をさせられたらたまったもんじゃない。当たり前の反応だろう。
そんな時にいつ行っても歓迎してくれて、話を聞いてくれる心のオアシスのような飲食店が現れた。
インドカレー屋さんだ。
「こんにちハ。よく来てくれましタ」
そんな風にインドカレー屋のオーナーさんが笑顔で出迎えてくれる。優しい。ホスピタリティ精神の塊だ。飛び込み営業で断られ続けて荒みきっていた心が満たされていく。
にこやかに会話をしながら、そのカレー屋さんの集客の悩みを引き出して自然と商談に持ち込んでいく。熱心に悩みに対する解決方法を考えてアドバイスしていくうちにオーナーもだんだんと心を許していく。
「味には自身がありまス。ぜひ私の店のカレーを食べて行ってくださイ」
心遣いがいちいち優しく嬉しかった。営業で歩き回ってちょうどお腹もすいていた。是非ごちそうになりたい旨を伝えると、オーナーさんが厨房に入って料理を運んできてくれた。
チキンカレー、ナン、サラダ、小ライス、ラッシー
セットメニューの中の1つをまるっとごちそうしてくれた。インドカレーおいしい。ナンもおいしい。かなりボリューミーだけど、全然ペロリと食べれちゃう。
「この店のインドカレーすごくおいしいです!」
俺は正直に感想を伝えた。別に営業的なお世辞でもなんでもなく素直においしいかった。
「このお店の集客、ぜひ私に手伝わせてください。契約お願いします」
そう言うとオーナーさんも了承してめでたく契約できた。
※本当はもう少し営業の駆け引きがあったけど美談にするために色々省略したよ。
そういう感じでインドカレー屋のオーナーさんであればきちんと話を聞いてくれるし、話を聞いてくれるのであれば営業トーク次第で契約に結び付きやすいのではと考えた。
そこから持ち回りのエリアのインドカレー屋さんを探して集中的にめぐることにした。
作戦としては成功だった。
インドカレー屋さんの多くは味に自信があるが、集客が上手くいっていないところが多かった。共通した悩みが多いからトークもだんだんと洗練されていき、いろんなインドカレー屋さんに気に入られて契約も取れた。
「こんにちハ。よく来てくれましタ」
いつ行ってもこんな感じで出迎えられて
「味には自身がありまス。ぜひ私の店のカレーを食べて行ってくださイ」
ってカレーを勧められて
チキンカレー、ナン、サラダ、小ライス、ラッシー
をごちそうになって。
別の店に行っても
「こんにちハ。よく来てくれましタ」
いつ行ってもこんな感じで出迎えられて
「味には自身がありまス。ぜひ私の店のカレーを食べて行ってくださイ」
ってカレーを勧められて
チキンカレー、ナン、サラダ、小ライス、ラッシー
をごちそうになって……
そんな生活を繰り返していた。日によっては1日8食くらいインドカレーを食べていた気がする。カレーエンドレスエイトだ。ハレ晴レユカイならぬ、カレーカレーユカイだ。
異変が起きるのはそんなに先の話ではなかった。
いつも通りインドカレー屋さんへ飛び込んで営業をしていると、
「味には自身がありまス。ぜひ私の店のカレーを食べて行ってくださイ」
と言われ、いつもの流れごちそうになっていた。
この時点で色んなインドカレーを食べ過ぎて、もはや店ごとの区別はついて無かった。どれも等しくインドカレーとして愛していた。主食に等しい境地まで来ている。
ただこの店で一口食べた時に違和感を感じる。
なんか、飲み込めない。
別に美味しくないとかではない。いつも通りカレーは美味しい。
でも、いくら咀嚼をしても喉が飲み込む動作に入ってくれない。
普段であれば無意識で飲み込むものを、意識的に飲み込む。
ゴクン。
味は特に他の店と変わらないのに、食感や飲み込んだ感触に違和感がある。
あぁ、これはあれだ。
飽きがきたな。
口が、味覚が、胃袋が、インドカレーに飽きてしまっている。
自覚してしまうと不思議なもので、そこから一切インドカレーに対する食欲が失せてしまい、食べることができなくなってしまった。
だからインドカレー屋さんに飛び込んで
「味には自身がありまス。ぜひ私の店のカレーを食べて行ってくださイ」
と言われたとしても
「すみません。ちょうど食べてきたところでして、せっかくだからラッシーだけください」
と言うようになった。
ラッシーはいつ飲んでもおいしい。
***
という訳で俺はインドカレーを食べ過ぎたせいで、しばらくインドカレーを食べることができなくっていた。
今考えると営業のストレスもあったんだろう。今では以前のように美味しくインドカレーを食べることができている。
だから仕事も食事も何事も限度が大事だと思うよ、というお話でした。
後日談としては、インドカレー屋さんの次はケバブ屋さん巡ったんですけど、とあるお店で食べたケバブでめちゃくちゃお腹壊したのでそれから全然食べてないです。
みんなも無理せずに過ごそうぜ。
おわり。