~イントロ~
胸毛くーん。
ちょっと会議室まで来てもらえる?
来てもらった理由なんだけど、自分でもわかってるよね?
これまでずっと我慢してたけど、さすがに目に余るっていうかさ。
あー、わかるよ。そっちにはそっちの言い分あるのかもしれない。
でも少しだけでいいからさ。まわりの毛、見てみようぜ。
まず指毛。
あいつは慎ましやかなやつだよ。全然主張してこない。手を凝視して、「あ、生えてんなぁ」ってくらいなもん。こんなにひっそりと暮らしてるのは指毛かアリエッティくらい。
そもそもいつ生えたかもさ、全然思い出せないよね。なんなら初めましてから長さと量変わってないんじゃない?
同窓会とかで十数年ぶりに会ったとしても「おまえ、全然変わってねぇなぁ」って言われるタイプ。
そしてそんなセリフに「へへっ、そういう皆は見違えたよ。すごく大人らしくなったね」なんて気の効いた返事までできちゃう人当たりの良さ。
卒業文集の最後にある優しい人ランキングで堂々一位獲得しちゃってる。そんな存在だ。
どう?ここまで聞いて思うところある?わかんない?じゃあ、心を鬼にして言うよ。
胸毛くんさ、主張がすごいんよ。もう、これでもかって主張するじゃん。ジョブズのプレゼンだってこんなに主張しないよ。指毛がアリエッティなら、胸毛くんはトトロくらいの存在感だからね。
わっさぁ。
って何?育ち盛りの名をほしいままにしてる。生えてきたって思ってからの異常な成長率。ミントか。体毛界のミントだよね。もうさ、見渡す限りの胸毛、胸毛、胸毛。
俺ってあれだっけ?胸毛真拳使い?
いつから胸毛だけハジケリストになっちゃったの?確かにボーボボにも生えてるよ、立派な胸毛が。
でもリスペクトする場所、絶対に違うよね。
ボーボボだったら鼻毛かアフロでしょ。いや、そっちリスペクトされても困るわ。あ、鼻毛くん、髪の毛くん聞いてた?真似するのはお願いだからやめてね。ぬのハンカチあげるから。
じゃあ次に腕毛とスネ毛の話もしようか。
こいつらはヤンチャなイメージがあるけど、実はそうでもない。
たしかに小さい頃に比べれば量もどんどん多くなったし、色も黒々としてる。
でも高校くらいできっぱりと止まったんだよね。
例えるなら、中学くらいは周りの悪い連中とつるんで色んなヒャッハーをして周りにだいぶ迷惑かけた。
でも中学三年の時の先生に諭されるんだよね。
「みんな 仲良うせんと あかんよ」
うしおととらのお役目様みたいなことを言われたら改心するしかないよね。
それで高校から心を入れ替えてさ、今の自分の毛の濃さと量でやっていこうってなったわけ。
それまでで伸びて濃くなっちゃった部分は変わらない。少なくなるわけでも薄くなるわけでもない。
そのせいで腕に張った湿布を剥がすときに毛が抜けて痛い。カサカサのズボンをはいたときにスネ毛が引っ掛かってかゆい。
でも、そんな過去をしっかりと受け入れた上で、腐らず真面目にやってるよ。伸び方も均等だしさ。
え?なに胸毛くん。
僕も真面目にやってますって?
じゃあ、胸毛くんの話をするよ。
君はさ、バリバリ現役。新庄選手なの?衰えることを知らないスーパースターなの?体毛界の新庄選手だよ。そんくらい選手生命長い。伸び続けてるんよ。
しかも確実に広がってるよね。守備範囲。
なんで鎖骨の方まで生えてきちゃったの?内野手だと思ったら全然外野もいけちゃった?まさかのオールラウンダー。
Tシャツの下だからバレないと思って広げちゃった?残念。
風呂の鏡でバレっから。直視せざるをえないから。
もうね、縦横無尽。伸び方もバラバラ。変な風に伸び散らかしちゃってんだよね。統率もまったくとれてないし。
こういうね、急成長が一番良くないんだって。組織を固めないで手を広げるだけ広げちゃったら崩壊するだけ。だから胸毛くんもそのうち、あれ?
崩壊……してない!?
チャドの霊圧が……消えない!?
みたいなもんで、完全に想定外ですよ。読者もびっくり。
もうね、こんなに生えてこないでもらえるかな?
このへんでわかってもらえた?
え?わかったけど、自分だけこんなに言われるのは納得いかない?他にも言うべき人がいるって?
はいはい。わかりました。
じゃあ彼らの話をしようか。
ワキ毛と陰毛の話ね。
胸毛くんはさ、もしかして彼らのこと下に見てない?
はい、ダメー。
出ましたトムブラウン。これは、トムブラ出ちゃうよ。
たしかにワキ毛くんも陰毛くんもね、キミよりも量が多くて黒々としてる。陰毛くんなんか、樹海よ。ハレのちグゥが住んでるんじゃないかってくらいジャングル。
でもね、大事な視点が抜けてるんですわ。
守備範囲の話したよね。
胸毛くんは内野から外野まで行っちゃってる。
一方で、ワキ毛と陰毛。
二人とも「ここを守る」って決めたら絶対動かないから。超守備型。さながら王城ホワイトナイツ。アイシールド21のベストバウトは泥門デビルバッツ対王城ホワイトナイツだから。
見たことある?ワキ毛くんが二の腕の方まで広がってるの。もしくは陰毛くんが膝あたりまで広がってるとこ。
ないよね。ワキ毛くんはワキ毛くんの領域、陰毛くんは陰毛くんの領域でそれぞれ領域展開してるの。体毛界の一級呪術師だよ。
そもそもさ。どれだけジャングルだろうが隠れるじゃん。肌を露出しない限り別に気にならんよ。
え?胸毛くんもちゃんと隠れてるって?
Vネックのシャツとか着たときもおんなじこと言える?
チラッ。
って見えんのよ。わっさぁの一端が垣間見えちゃってんの。
いらないよね、そんなチラリズム。だれも得しない絶対領域。むしろ損。俺に多大なる損失を被ってるから。
どう?
ここまで聞いて。少しは俺の気持ちわかってくれたかな?
わからない?
そこまで言うなら聴いてください。
胸毛ラブファントム。
~サビ~
(胸毛)いらない!何も!捨ててしまおぉぉう!
君(の存在意義)を探しさまようイッツマイソォォォル!
ストップザタイム!シャウティアーウト!
がんできなぁぁぁい!
僕(の胸毛を)全部あげよぉぉぉう!
~Aメロ~
せわしいぃ街(胸)のカンジがいやだよぉぉう
君(胸毛)はいない(いらない)から
(胸毛の無い)夢に向かい交差点をわたるぅ
「(生え)途中の人」はいいねぇ……
・
・
・
ポチッ
~曲停止~
え?なんで?
ほんとに、なんで?
俺はさ、気持ちよくラブファントム歌いたいだけなの。
何そのイントロの長い語り。胸毛くんって何?胸毛ラブファントムって何?
どんだけ胸毛に恨みがあるの?
歌入ってからも随所に合いの手入れてきてさ、完全に胸毛の歌になっちゃってんじゃん。
俺が歌いたいのはラブファントムなわけ。断じて胸毛ラブファントムじゃないの。
歌い直すから、もう邪魔すんなよ。絶対邪魔すんなよ!
ポチッ
・
・
・
~イントロ~
あなたに突然告げられる別れ。
引き合いに出される指毛、スネ毛、ワキ毛。
宣告されるわたしは無駄毛。
はっきりとつきつけられた意思。
水面に映る影に投げられる石。
みたいにあっさりと消え去る価値。
ずれたピースはもう……
ポチッ
~曲停止~
・
・
・
胸毛側のアンサーソングにしないでいいから!
もうええわ!
おわり。