足が臭くて断念した話

失敗談を面白可笑しく文章にできる人を尊敬する。それができれば失敗なんて怖くないじゃん。むしろ自分から進んで失敗しようと思えるんじゃない?

思えばあまり失敗のしない道筋を辿ってきた気がする。残念ながら「失敗しない」イコール「成功」じゃない。挑戦しなかったから失敗しなかっただけ。

嗚呼、なんてもったいない人生を送ってるのだ。きっと俺は数えきれないくらい多くのチャンスを逃してきたのだろう。

思い返せばあのときもチャンスだったのかもしれない。

※※※

俺が営業会社に勤めていた頃の話だ。

その日は朝から営業先に直行して、その後も5件訪問が入っている休む暇のないスケジュールだった。

初夏と言うには暑すぎるほどの気温と照り付ける太陽が俺の水分と体力を奪っていく。

そういう日に限って駅から徒歩15分くらいの場所が訪問先だったりするから地獄だ。3件目を回るころにはワイシャツの中に着るインナーが汗でぐしゃぐしゃで気持ち悪い。

だが、その日の夜はひとつ楽しみなイベントがあった。

同期による懇親会だ。

同期は何十人もいたけど、それぞれの部署に配属されてからはほとんど接点の無い日々を送っていた。新卒研修の時は一緒に切磋琢磨してたから仲良かった人が多いし、彼らがどんなことをしているかも知りたかったから余計に楽しみだった。しかも今日は金曜日。明日のことを気にせずに飲める。

最後の商談が長引いたため、とっくに就業時間は終わっていて俺は直接懇親会の会場へ向かうことになった。

到着した時には既にほとんど人が集まっていて懐かしい面々に安堵した。

入ってすぐ「おせぇよ、立川」なんて声をかけてくれたのは研修時に仲良かった尾形だ。

彼は気さくなやつで、不真面目でお調子者なところもあるが口達者で成績も良かったやつだった。

俺はそいつの隣に座った。彼との再開を喜んで会話を弾ませていると正面から話しかけられる。

「あ、立川くん久しぶりー。元気してた?」

真正面を向くとそこには愛嬌のあるキャラクターで研修時もみんなを励ましていた佐伯さんがいた。

彼女は尾形と正反対なくらい真面目で、何事にも一生懸命取り組むタイプの人だ。

そんな彼女とは成績が近かったこともあって、研修の時はよくペアでロープレしたり情報を共有したりしていた。懐かしい。なんか新卒のときに戻った気分だ。

周りにいる人たちと話している間にビールが届いて乾杯する。楽しい飲み会の始まり始まり。

俺は散々歩き回ってクタクタだったから喉を通るビールが上手い。

そこからお互いの近況を話し合った。

「いや~、もう疲れちゃったよ。研修の時がなんだかんだ一番楽しかった気がするなぁ」

なんて佐伯さんが言っている。配属先の部署で成績が上がってないらしい。お酒を飲むペースも早い。

「なんか落ち込んでんなぁ、お前は真面目過ぎんだって!俺くらい適当にやっとけよー」

「うーん。でもねぇ、立川くんと一緒に頑張ってた時が懐かしいよー。一緒の部署が良かったなぁ…」

尾形が明るく彼女を諭すと、こちらを見て佐伯さんが呟いた。

え?意味深な発言だ。なんかドキドキする。たしかに研修時に仲良かったとは思うけど…いや、お酒のせいで気が緩んでるだけだ。変な勘違いはやめよう。

俺はあいまいに返事をして話題を尾形へ切り替えた。

「そういえば尾形、お前って彼女へ送るラインを間違えて部署のチャットに流して話題になってたよな」

「え!そっちの部署まで話伝わっちゃってんのかよ!まじで恥ずかしいわー。あれ、こっぴどく怒られたんだよ」

他の人がその話題に食いついて、尾形が送ったメッセージで盛り上がった。暗い話題から一転して佐伯さんも笑っていた。やっぱり気のせいだろ。

***

終始盛り上がった懇親会は気づけばお開きの時間になっていた。というよりだいぶ過ぎていた。

「あ、やべぇ。終電何時だったけな」

尾形が慌てたようにスマホを取り出して調べる。俺もつられるように終電を調べた。

どうやら最寄りの駅の終電は終わっていたが、少し先の駅だったらギリギリ電車がありそうだ。

「あー。電車終わってんじゃん!やっちったなぁ……。なぁ立川、一緒にタクシー乗って割り勘しねぇ?」

「いや、俺は電車ギリ間に合いそう。成績良いんだから給料も弾んでんだろ。我慢してタクシー代払えよ」

「いやぁ、今月はパチンコでだいぶすっちゃってさぁ…ピンチなんだよ…」

俺は尾形を適当にあしらって、終電の残る駅へ向かおうとした。

「あ、待って立川くん。私もそっち方面だから一緒に行く」

そう言って佐伯さんと帰り道が一緒になった。彼女は俺が向かう駅の近くに住んでいるらしい。

急ぎ足になりながらも彼女と話しながら駅へ向かう。基本的には仕事の話をした。難しい商談があったとか、こういった断り文句に断れないとか、面倒なお客さんがいるとか、上司で面倒な人がいる、とか。

本当に研修時に戻ったみたいで俺も楽しかった。そういえば当時もこんな風に話していた気がする。

「久しぶりに立川くんと話して楽しかったー!まだ話足りないくらい」

佐伯さんがそんな風に言った。俺は研修で仲良かった同期とバラバラに配属されてしまい、こんな風に同期と話すのは久しぶりで楽しかった。

「ねぇ、もう少し話せないかな?」

もうじき駅につきそうなところで彼女が言ってきた。俺は驚いて彼女の方を見る。

「家にお酒もあるし、最悪ソファで寝れるからどうかな?」

あれ?俺誘われてる?これってそういう感じ?

確かに当時は彼女いないし、佐伯さんのことは嫌いではない。でもそういう関係になれるかと言われると考えたことも無い。

いや、単純に友達として誘ってるだけかもしれない。壮大な勘違いなのか。それなのに変に意識してしまったら微妙な雰囲気になってしまう。どうしよう。

刹那、酔っぱらった俺の頭は高速で回転し始める。

電車はあと数分、急がなければ間に合わない。

俺は選択しなければならない。

彼女の家に行くか。終電に乗るか。

どうする、俺!

別に明日休みだし、まぁ飲んでもいいか。深く考えずにいこう。

「いい―」

いいよ、と言う寸前で重大なことに気づく。

今日は朝から終日ずっと歩きっぱなし。汗だくだ。

足元には結構履きならした革靴。

この2つの情報から導き出される答えがわかるだろうか。

足が激臭なのである。

もう一度言おう。

足が激臭なのである。

前々から仕事から帰ってきて靴を脱いだ時に鼻のつんざくような匂いを感じていた。

それは帰ってすぐさま風呂場へ直行し、シャワーを浴びなければ気が済まないほどのものだ。

これで彼女の家に行ったらどうなるだろうか。

異臭騒ぎの大事件である。

「明日予定があるから帰るわ」

そうして俺は彼女に別れを連れて駅へ向かったのだった。

***

あの時断らなければどうなっただろう。大きな失敗談になっていたかもしれない。

そして話としてもしっかりオチて後で笑い種にできるような楽しい話になっていただろう。

だが、あの時失敗するチャンスを失ってしまった。

これは失敗できなかった話だけど、全く失敗しなかった訳じゃない。

結局終電も逃してしまってタクシーで帰ることなってしまったから。

こんなことなら尾形と一緒にタクシーで帰るんだった。

おわり。

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