WOMCADOLE 黎明プルメリア全歌詞レビュー

どうも、邦楽ロックにわかの立川豊です。

去年あたりから『WOMCADOLE』というバンドにハマってるんですよ。

Wikipediaを見てみると

WOMCADOLE(ウォンカドーレ)は、日本のスーパーロックバンドである[1]。

wikipediaより引用

「スーパーロックバンド」と書いてあります。スーパーなんです。すごいですね。

基本的に低めの声でかっこいいこと言うのズルいと思うんですよね。ボーカルの樋口さんはそんなカッコいい声をお持ちでたまにしゃがれる感じの歌い方が最高にクール。

シンプルな4人編成のバンドで激しいロック調の曲が多い。疾走感のある曲は聴いてて気持ち良くないはずがない。

ただ曲だけじゃなく、歌詞もかっこいいんですよね。ぜひ歌詞を思い浮かべながら曲を聴いてみてほしい。

ってわけで去年の12月に発売されたメジャーデビューアルバム「黎明プルメリア」に収録された曲の歌詞を読んで思ったことを書いていこうじゃないか。

1 FLAG

この曲は「混沌」「淀んだ黒い世界」「ガラクタの船」「不安」「未完成」「不十分」など見えている世界に対する負の感情がたくさんでてくる。

じゃあこの曲は絶望を歌った曲なのか。

違う。

かといって「そんなことないよ。世界は希望に満ち溢れてますよ」みたいな綺麗ごと並べた歌なのか。

それも違う。

この曲はここが「混沌とした生きづらい時代」だとわかりつつも、それでもこの世界を生き抜いてやる「決意表明」の曲に思える。

だからこそ「帆を立てる」、「旗を掲げろ」、「誰も見ぬ頂上へ」、「天辺に声を上げる」など上を目指す意思を表す言葉が多く使われている。

また、「意思を腐らすな」、「終われない」、「息を止めてしまうなよ」、「諦められない」などの抗う意思も多く出てくる。

彼らの、時代に抗ってでも、諦めず、彼らの思いや伝えたいことを歌っていきたい、生き抜きたい、という意思をメジャーデビューアルバムの1曲目に持ってきた。

これは初めて聴く人に良い自己紹介となる歌詞なんじゃないかと思います。

2 黒い街

ストーリー性のある歌詞。登場人物は「僕」だけ。

冒頭に「君」、中盤「あなた」が出てくるけど、主語になることはないし「僕」と「君(あなた)」に直接関係性が無さそう。

冒頭からの歌詞が一続きの歌詞なんだとしたら「遠い場所で生まれた何処かで誰かのために動いている一つの命」=「君」ということだろうか。この「君」に関しての情報の少なさが考察の余地を与えてくれる良い要素だ。

人によっては、憧れの人と思えるかもしれない。

人によっては近しいけど別の場所にいる誰かかもしれない。

遠い場所の解釈を変えるなら、想像上か創造上の人物かもしれない。

物理的に遠いのか、心理的に遠いのか、その両方なのか。そんな「君」を「僕」が「黒い街」で知ることから始まる。

この「黒い街」だけど、具体的にどんな街かというのは歌詞には出てこない。

黒は色の特性としては以下のようなものがある。

黒色は白色や灰色と同じ無彩の色です。黒は光を反射することなくすべての色を吸収・遮断します。
~中略~
強さや権威、神秘的な雰囲気を感じさせる色ですが他の色に比べて負のイメージが潜在的にあります。

色カラーより引用

「黒い街」というのは「僕」にとって、光の遮断された負の感情に満たされた街だと推測できる。

実際に「一寸先も見えない」「明かりの無い場所」「汚れた細い道」など断片的な情報からも同じことが読み取れる。

そして、これは言わずもがな「僕」の心象を情景として現わしているものだ。

だとするとこの「黒い街」というのは、もどかしさや無力感、一種の諦念を感じている現在の状況とも読み取れる。

そんな現状が変わらずに諦めようとするんだけど、それでも二度とない景色を望んで、代わり映えのしない日々でもひたすら頑張っていくぜ!っていうことかもしれない。

そうなると1曲目のFLAGと同様に「現状から脱却するために抗う」メッセージがこもっていそうだ。

3 wariniawanai

この曲は歌詞をよく読んでみると、サビとそれ以外で1人称が変わっている。

2人の人物がそれぞれの心情を吐露するように歌詞が作られていると考えていいだろう。

相手を「君」や「貴方」と呼ぶ「私」と

相手を「お前」と呼ぶ「僕」の二人が登場する。

まずは「私」サイドから考えていこう。

「私」は「僕」のことを偏愛しているような表現が多い。

「君を捕まえたい」「餌を求め歩いてみたい」「飼いならしてよ」

偏愛には対象を極端に愛したいか、対象から極端に愛されたいか2つのタイプがあるが「私」は両方のタイプで、「僕」のことを愛したいし、その分だけ愛されたい。

ただ、冒頭で「傍観者」という表現を使っているのを考えると、そう思ってるだけで実際には行動していない様子。

そして、そこから相手側からアクションをかけてくるような罠を仕掛けて待っているというのが始めの流れかな。

そこからサビに入って「僕」のアクション。というか回答。

「割に合わない。お前と僕じゃ」

「割に合わない」という表現は払った対価に対して見返りが相応では無い時に使われる表現だ。

この場合だと、相手の愛が過剰すぎて「僕」には応えられない。というような解釈でいいのかな。

サビが終わって「私」パートに戻る。「僕」の回答に対して「冷や汗が止まらない」「怯えた」と言っている。それでも「僕」に対して「君との将来を考えたい」「こっちにおいでよ」と誘う。強メンタルな「私」だ。

それでも「僕」の回答は「割に合わない」「ほっといて」だ。

その後も最後まで二人の意見は交わることの無いまま終わっていく。

単純に読めば男女の駆け引きのような感じがするけど、だとすると二人の掛け合いや考えに具体性がないというか、現実味が無いというか、しっくりこない。

個人的には、自分の中の二面性との葛藤と考えるのがしっくりきている。

「僕」という主人格と狂人性や猟奇性のある別人格の「私」の自意識上の問答。別人格を消し去りたい「僕」と、その主人格に追従してどこまでの寄り添いたい「私」みたいな。

4 深海ゲシュタルト

まずタイトルにもあるゲシュタルトはゲシュタルト心理学から来ているのだろう。

ゲシュタルト心理学(ゲシュタルトしんりがく、Gestalt Psychology)とは、心理学の一学派。人間の精神を、部分や要素の集合ではなく、全体性や構造に重点を置いて捉える。この全体性を持ったまとまりのある構造をドイツ語でゲシュタルト(Gestalt :形態)と呼ぶ。

wikipediaから引用

そして「深海ゲシュタルトはやがて崩壊する」とあるのはゲシュタルト崩壊から来ているのだろう。

ゲシュタルト崩壊(ゲシュタルトほうかい、独: Gestaltzerfall)とは、知覚における現象のひとつ。 全体性を持ったまとまりのある構造(Gestalt, 形態)から全体性が失われてしまい、個々の構成部分にバラバラに切り離して認識し直されてしまう現象をいう。幾何学図形、文字、顔など、視覚的なものがよく知られているが、聴覚や皮膚感覚においても生じうる。

wikipediaから引用

深海を心理に見立てて考えるなら、「深海ゲシュタルト」は深層心理での無意識の集合体と考えられる。

「紛れ込んだ浅いのはお前だ」「沈んで行く浅いのは己だ」はどちらも深海の対比だとするなら、表層心理のことだろう。

これまでの歌詞を読んでいった傾向的にやっぱり自分の中の認識とか葛藤が根底にある気がする。

思考とか考えることって「深い」という形容詞が使われるけど、深海に沈むように深く思考するときってどんな時だろう。

何かを創造するときなんかは深く深く考えて生み出さなきゃならないと思う。

それでもアイデアが浮かばないこともある。そしてそのまま何を考えていいのかわからなくなるくらい認識が無散してしまったりする。

深海ゲシュタルトはそんなことを歌った曲なんじゃないかな。

5 ライター

これまでの曲の中で一番シンプルでわかりやすい曲なんじゃなかろうか。

自身を奮い立たせる、鼓舞する、そんな内容の歌詞だ。

1曲目のFLAGも同じように奮い立たせるような内容だったけど、ちょっと違うのはFLAGが戦場に現在進行形で立ってて、戦ってる最中の歌だとしたら、こっちは闘いに赴くための自分を奮い立たせる歌のように思える。

普通に心に火をつける心理描写をするとしたら、はじめから大きな炎が燃え上がっている表現でいいはずが、冒頭で「狼煙を上げろよ」と言っている。

狼煙は炎自体よりも煙側が主体になっていて、煙をだしていること=燃焼していることに焦点を当てている。

とすれば燃えそうで燃えないくすぶっている心に、火をつけたい。戦場に向かうまでに大きく燃え上がるような種火にしたい。

最後も「消すんじゃないぞ己の炎を」と言っているように、くすぶっている気持ちを鼓舞して戦場に向かっていくぞ。というようなメッセージが込められているように思える。

6 NANA

曲名がNANAだが、アルバムの曲順は6曲目。いや、別にいいんだけど。

歌を聴くと「ナーナナナナナッナッナーナナナ ナーナナナナッナ」と歌っているが、歌詞には「NANA」とだけ記載されている。この「NANA」自体の言葉には特に深い意味は無さそう。

歌詞の内容的には自己解放ソング的なものなんかな。

「つまらない未来には興味ない」と繰り返し言っていることから現状の退屈、停滞がイメージできる。

また、「私は一体何様?」「凡人のただの紛れ者」と表現していることから自身の虚無感や何者でもない自分への嫌悪が読み取れる。

そして「丸裸にさせて」「首輪を噛み千切って」などの表現から現状の脱却、そんな自分からの逸脱を願っているような歌ではないだろうか。

FLAGやライターでは自分で自分を鼓舞して、現状から脱却しようとするだけど、この曲は少し違う印象。

「連れ去ってくれないか」という表現を使っているから、第三者や自分以外の要素によって現状からの脱却を望むように思える。

7 R-18

タイトルと歌詞を見るに、自慰行為肯定ソングかな?

自慰行為したときの不安や快楽や罪悪感などの感情の揺れを表現しながら、それを「どんと構えてりゃいいだけ」と肯定している曲だと思います。

8 kamo river

「kamo river」は言わずもがな「鴨川」のことだろう。

鴨川は京都に流れてるあの鴨川のことかな。カップルが等間隔で座ることでおなじみの場所らしい。

鴨川の河川敷に夕方18時に二人でビール飲みながら座る情景が想像できるしっとりとした歌詞ですね。

ただ、歌詞的には「ロックは僕らを近づける」と「ロックは僕らを遠ざける」や「会えない」があることから「会えなくなった現在」から「会えていた過去」を思い出しているような書き方になっている。

青春っぽくていいですね。

9 今夜僕と

直接愛をささやかないラブソング。

「毎日をタダぶらりと歩いているだけ」「モノクロだった僕の目の前」など、退屈な日常を送っている「僕」から「あなた」へ向けたラブソングだろう。

サビのシンプルな思いの丈がとても良い。すごくストレートで良い歌詞だと思う。

10 LULLABY

LULLABYは子守唄という意味。

「今日も眠れない だから聴かせてよ、君のLULLABY」

これは単純に「君」に子守唄を歌ってもらっていたというより、寝る時に隣で「君」と話していたことが「僕」にとっての子守唄だったのだろう。

「隣にあるはずの温もりがない」「君の居ない世界を生きて行く」という表現では失恋か死別の二通り考えられるけど、

「今日もお疲れ様、遠くで生きる君に」

という最後の表現的には死別ではなく、単に失恋でいいのかな。

曲調もあいまって物寂しい歌になっている。

11 カナリア

不思議に思うんですけど、「カナリア」ってロックバンドがめっちゃ歌詞に使ってないですか?すごいひっぱりだこのような気がする。バンドマンたちが惹きつけられる何かがあるのかな。

ヨーロッパで古くから愛玩鳥として飼養され、現在では世界中で飼われている。また毒物に敏感である事から毒ガス検知に用いられたり、実験動物としても用いられる。

日本では後述する炭鉱のカナリアや童謡「かなりや」の影響で、実態以上にひ弱な鳥といったイメージが流布しており、外の世界で生きられない事の比喩表現である籠の鳥とは本種のこととすら思われている。

wikipediaより引用

ウィキってみると、「実験動物」「ひ弱」「外の世界で生きられない」「籠の中の鳥」などいろんなイメージを想起できる鳥ということがわかった。

歌詞を見てみよう。

冒頭は「此処はまるで鳥籠」「生きてる気がしない」「色のない世界」など、現状の不自由さが表現されている。

「説明書の中で生きている」という表現が面白い。連想されるのは「マニュアル通りに行う決まりきった作業」や「マニュアル人間」など色々。それを端的に「説明書の中で生きる」という表現に置き換えているのがわかりやすいし上手い。

全体を通して、WOMCADOLE自身、もとい作詞者である樋口さん自身の気持ちを表現している歌詞じゃなんじゃないか。

「気づかぬ合間に、滅び行く同志たちよ」

というのは羽ばたくことなく(成功することなく)諦めてしまった、仲間だったりバンドマンのことだと考えられる。

そういった仲間たちが飛べずに散っていく中で、自分は現状を打破して羽ばたいてやる。というような強いメッセージが感じられる。

「僕はいつか空を駆けるよ」

最後の歌詞でもそんな気持ちが強く伝わってくる。

12 ミッドナイトブルー

全体的に詩的な歌詞となっている。

冒頭は「淡く漂う光の粒が窓の外を泳ぐ」とあるから昼間のシーン。窓の外を眺めながら聞こえない旋律に思いを馳せているのだろうか。

次の歌詞で季節が冬だとわかる。

「君を思い浮かべる」「片道切符の手紙」

とあるので、一方通行の思いを抱えた人物がこの歌詞の主人公のようだ。

「描きたい世界」「僕は綴り続ける」とあるので、作詞者自身の心情とも考えられえる。

「君」という存在を思い浮かべながら、世界のことを綴る(作詞する)。

「君が忘れないように、僕は綴り続ける」

という歌詞は「君が(僕を)忘れないように、」ということだろう。

いなくなってしまった「君」へ向けて、「僕」のことを忘れてほしくない。だから綴り続ける。それができなくなったら「殺してよ」とまで言っている。

そんな思いは紛れもなく「愛」そのものだろう。

13 黎

アルバムのタイトル「黎明プルメリア」のはじめの文字である「黎」という文字が曲名になっている。

そもそも黎明とは明け方のこと。

ちなみにプルメリアは花の名前で、花言葉は

プルメリアの花言葉は「気品」「恵まれた人」「日だまり」「内気な乙女」。

花言葉-由来より引用

とのこと。

歌詞を見てみると、季節は秋。

15夜の日に街を飛び出して、「あなた」へ会いに行く歌。

一夜だけの淡い恋だろうか。

「あなた」に渡すプルメリアの花束。

裏側のストーリーに含みがあって想像力を掻き立てられますね。

「愛しき命よ」「消えゆく命に」とあるから単なる一夜のランデブーだけとは考えられない。

「あなた」が死別しているようにも受け取れる。

手入れの行き届かない墓地にも生息し、不意の葬儀でも花を集められたことや、可憐で香りの良い花は遺体の臭い消しにも使われたことから「お墓の花」と言われていました。

LaniLaniより引用

と思ってプルメリアの花を改めて調べてみると、お墓の花と呼ばれているらしい。

となると最後の「消え行く命に花束を」というのは、「あなた」の墓前に添えたプルメリアの花束とも読み取れる。

だとするとかなり儚い歌だ。

13曲の歌詞をレビューしてみて

「黎明プルメリア」はどの曲の歌詞も考えさせられるものばかりで、やっぱりじっくり読むのは大事だと思いました。

みんなも好きなバンドがいたらいったん歌詞をじっくり読んでみてどんな内容なのか吟味してみてね。

おわり。