ガット張りのアルバイトの話

patoさんの「ひとりNIKKI SONIC 2020」にあこがれて始めてみます。ひとりブログサーキットフェス!

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patoさんのような文章力も経験も企画力も筆の速さも持ち合わせていない「無の塊のような男」、立川豊が頑張ってお届けします。

今しがた「無の塊のような男」と自己紹介したんだけど、この表現って実は哲学的に考えるとあながち間違いじゃないらしいんですよ。

最近読んだ「自分の頭で考えたい人のための15分間哲学教室」の本に書いてあったんだけど、

この世界には、私たちが考えるよりたくさんの「無」がある。個々の原子の九九.九九九九九九九九九九九九パーセントは空白である。
~略~
そして、宇宙には「何か」よりも「無」のほうがずっと多い。僕たちの世界を実際につくりだしているのは無の存在(粒子の内部と粒子間の空間)なのである。

自分の頭で考えたい人のための15分間哲学教室より引用

いや、びっくり。自分を作り出しているものが「無」であるなら、文章力が無くたって、面白い経験が無くたって、企画力が無くたって、その「無」が自分なんだ。そうだよねっ、ハム太郎!(えけっ!)

こんな感じで哲学を勉強すると何事にもこじつけられる力がついて人生ハッピーになるのでオススメです。

その本の中からもう一つだけ面白い話を引用したい。プラトンの洞窟のなかの囚人たちだ。

洞窟のなかの囚人たち
 人間の一群が囚人として洞窟のなかに捕らわれているところを想像してみてほしい。彼らは洞窟の壁に映る影を目にする。それは洞窟の外にいる生き物や物体の影だ。洞窟のなかにいる人たちにとっては、これらの影こそが現実に見える。そこから「彼らにとっての現実」がどう働き、なぜ物事はそうあるのか(見えるのか)を説明する理論が生まれる。
 もし誰か一人が洞窟から逃げ出し、本当の現実を目にすれば、最初は目にしたものを理解できずに当惑するだろう。彼が洞窟に戻ってきたときに、洞窟の壁に映る影は現実ではなかったのだと仲間たちに説明するのは非常にむずかしいはずだ。

自分の頭で考えたい人のための15分間哲学教室より引用

この文章を味わって、「めっちゃわかるぅ」と舌鼓を打った。自分が現実だと思ってたことって意外と簡単に崩れ去ってしまうよね。

そんな体験、皆さんにはあるだろうか。僕の場合は大学入ってすぐのアルバイトで身をもって体験した。

***

大学の新入生歓迎ムードも終わって、桜の木が緑々しい葉を身に着けた頃。

僕ははじめての履修登録を終えて、やっと新生活にも慣れてきたところだった。

履修が確定したらやらなければならないことがある。それはバイト探しだ。

駅前に置いてあるバイト情報誌を開いて、自分の時間割と照らし合わせながら良いバイト先は無いかと探していた。

当時は白●木屋がブラックだとかなんとか騒がれている時勢で、飲食関係のバイトにはあんまり良い印象が無かった。コンビニは時間の融通がききそうだけど、時給が安い。夜勤なら時給いいけど1年生は1限の必修が多いからキツそう。そんな感じで時間的に合いそうなバイトを見つけても理由を見つけては尻込みしていた。

そんな時、「これだ!」と思うアルバイト先を見つけた。

「テニスショップ店員のお仕事。ガット張り経験者歓迎」

たぶんこんな文言だったと思う。ガットとはテニスラケットに張り巡らされた網状のやつ。テニスの王子様だと、千切れたり燃え尽きたり十字だけしか張らなかったりするやつだ。

高校時代テニス部に所属していた自分にはぴったり。高校にはガットを張る機械もあって、ガット張りは手慣れたもの。天職見つけたり!そんな気持ちで早速応募した。

応募すると早速「面接に来てほしい」と連絡があった。ワクワクしながら情報誌に書いてある住所へ向かう。そのテニスショップは都心の繁華街に位置していて、お店に入ってみると開店準備中らしく段ボールの山や陳列前の商品が山積みになっていた。

「オープニングスタッフは人間関係深めやすいから続けやすいんだって!」

大学でできた友達がそんなことを言っていたのを思い出す。これがもしやオープニングスタッフというやつでは?良いバイト先見つかったのでは?おシャンティな大学生活をエンジョイしちゃうのでは?これはなんとしても面接に受からなくては!僕は気を引き締める。

「あ、面接の人ね。ごめんね、散らかっちゃってて。ちょっと座るところ用意するから待ってて」

おそらく店主だろう人が入店した僕に気づいてそう言った。それにしても、黒い。店主めっちゃ日に焼けてる。あと小柄なのに筋肉モリっとしてる。年齢的には二回りくらい違うだろうか。

店主が席を用意してる間あたりを見渡すと壁に額縁入りの写真がかかっているのを見つけた。何かしらのトロフィーを掲げた店主だ。この店主、只者ではないらしい。きっとテニスの大会とか出ている人なんだろう。

「お待たせ、じゃあこっちで面接しようか」

そんな黒い店主に案内され、面接が始まった。僕が高校時代テニスをやっていたこと、高校にガットを張る機械があってガットを張っていたこと、一通り話終わると。

「はい、わかりましたー。それでいつから来れるの?初日は仕事のこととか教えたいから半日は時間もらえるかな?」

あれ?面接ってこれだけ?なんか受かった感じになってる?やったー!

これで僕もテニスショップ店員だ。誰かに「バイト何やってんの?」とか聞かれたら「え?都心でテニスのショップ店員やってる…キリ‼」みたいな感じでかっこつけられるんじゃない?妄想が止まらない。

無事に面接もうかり、意気揚々としていた僕はバイト初日に地獄が待っているなんて思いもしなかった。

バイト初日。

店に入り、黒い店主へ挨拶すると指示が出される。

「早速だけど、ガット張りしてもらっていいかな。ちょっと馬場くん、この新人のガット張り見てあげて」

ウッス!と言って目の前にやってきたのは目つきの悪い青年男性だった。年齢は一回りくらい上だろうか。この人が先輩にあたる人か。馬場先輩と上手くやっていけるだろうか。

「店主から話は聞いてるけど、ガット張れるって話だよね?ちょっと張ってみて」

馬場先輩はラケットとガットを僕に手渡して、ガットを張る機械まで案内した。どことなく言葉に棘があって、なんか話しかけづらい。僕は言われるがままに作業を始める。高校で部活を引退して以来だから久しぶりのガット張りだ。

「…」

馬場先輩は作業をしている僕を黙々と見つめていた。時折、「え?」とか「そこは…」などボソっと言っていたが、僕は聞こえないふりして作業をしていた。というより、久しぶりのガット張りに集中していてそれどころではなかった。

「ちょっと聞いてもいい?」

作業の半分を終えたところで馬場先輩が話しかけてきた。いったん手を止めて先輩の方を向く。

「この張り方って教わったやり方なの?緊張してて順番待ちがえたとかじゃない?」

何を質問されているかよくわからなかった。高校で先輩に教わった通りにガットを張っている。少しブランクがあるとはいっても高校時代に何十回もやっていたことだ。間違えるはずがない。僕はこれが教わったやり方であることを伝えた。

「あぁ~……。まぁいいや。じゃあ、とりあえず最後までやって」

先輩は一度何かを言いかけたがやめた。ここで自分の中に一抹の不安が生じる。もしかして、この張り方間違えてるの?いや、高校時代はこれでずっとガット張ってきたし大丈夫。それで全然支障なかったし。試合とか出てたし。

大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせながらガット張り作業を終える。すると先輩が口を開く。

「えっと、君のガットの張り方なんだけど、全部間違ってるね」

間違ってた。がーん。しかも一部じゃなくて全部だ。先輩はそこから僕のやり方がどう間違ってて、何が問題なのかをざっと教えてくれた。先輩の言ってることは確かに筋が通ってるし、本当に自分のやり方が間違っていたんだろう。

それでも、高校生活でずっとやってきた作業が全部間違ってるなんてことを受け入れるのは難しかった。そこから先輩は一通り正しいやり方を見せてくれたが、過去の知識が邪魔をして全然1回で覚えられない。

「開店までにここにあるラケットのガット全部張らなきゃいけないから、ちょっと正確にやり方教えてる時間ないんだよね」

ガット張りの機械の後ろには大量のラケットが置いてあった。このラケットを新しい方法で全部張っていかなきゃならないのか。え?教えてくれなきゃ無理じゃない?僕、全部張り方待ちがってたんですよ?1回先輩から正しいやり方教わっただけですよ?

「ちょっと馬場くーん、こっち手伝ってもらっていい」

「ウッス!じゃあ新人君、ここにあるラケットできるだけガット張っておいて」

え?一人ほっぽり出されてしまった。

ここまできたら仕方がない。僕は思い出しながら、なんとか正しい方法でガットを張った。普段の慣れたやり方だったら30分程度で終わるものの、2時間くらいでようやく1本が関の山だ。しかも過去の自分のやり方を自分自身で否定することをまだ受け入れられなかった。

やっと1本張れた時にちょうど店主がこちらへやってきた。

「新人君、全然張り方間違ってたんだってね。やっと1本張れたくらいじゃあ全然遅いよ」

あ、はい。としか言えない状況である。

張り方間違ってたし、正しい方法だとめっちゃ時間かかるし、全く役に立てないっすわ。

当時の僕は若かった。そこからもっと教わる姿勢を見せれば店主も先輩も協力してくれたかもしれない。でも、大学一年生のガキだった自分には耐えられる状況では無かった。

その日のうちに店主に辞める旨を伝えた。

***

あの日の僕はまさにプラトンのいう洞窟の中の囚人だった。そして洞窟の外の現実を目にしたときに、それが現実だと受け入れられなかった。先輩に全部間違っていると否定されたときに、自分の中で繰り広げられていたのは新しい方法を受け入れる準備ではなく、どうやったら過去のやり方を受け入れてもらえるかという問答だ。

当時の自分が哲学を勉強していればそのことに気づけていたかもしれない。そのことに気づけていれば大学入って初のアルバイト先を1日でやめることにならずに済んだのかもしれない。

というわけで、これまで「現実」だと思っていたことが崩れる瞬間というのはこれからもあると思うけど、それを受け入れて新しい現実を自分の中で再構築できるような思考を持っていたいねっ、ハム太郎!(えけっ!)

おわり。

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