知らんおっさんにカレー奢って電車代渡した話

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「騙される」というのはどこからが「騙される」なんだろうか。極論を言ってしまえば騙された本人が騙されたと思わなければ「騙された」ことにはならないのではないだろうか。

突然何を言っているのかと戸惑うかもしれない。俺も正直よくわかっていない。記事の書き出しって興味を惹くようなキャッチが必要らしいけど、こんな感じでいいのだろうか。今日は友達に話すと絶対に「それ絶対騙されてる。幼稚園生でもわかるよ」と気軽に罵倒されるが、自分自身は絶対に騙されたと思っていない。そんなお話をしようと思う。

「ホレ、ライター使いな」

ここはとある駅前の喫煙所。俺はタバコを取り出し、ライターをポケットから取り出そうとするが、ポケットの中にはライターが無い。どうやら忘れてしまったらしい。しょうがなく、バッグから予備のライターを取り出そうとバッグをまさぐっていると、突然知らないおじさんに声をかけられた。

「あ、ありがとうございます」

当時大学生だった俺は突然知らんおじさんに話しかけられるのに慣れていなかった。というか初めての経験だ。戸惑いながらもライターを受け取りタバコに火をつけておじさんへ返した。

「この辺は本当に変わらないなぁ」

なんか当たり前のようにおじさんが話し始める。ライターを受け取った=世間話しても良いということなのだろうか。仕方なくおじさんの話を聞くことにした。

「はぁ、そうなんですか」

「大学生の頃な、東京におったんだけど、よく上野で遊んでたんだよ」

「へぇ、そうなんですか」

「今はな、群馬にいるんだけど久しぶりに東京出てきてなぁ」

「あぁ、群馬からいらしたんですね」

「そうなんだよ。それでさ、ちょっとそこのコンビニでコピー取ってたらな」

「はぁ」

「バッグを置き引きされてしまってなぁ」

「え?!」

急展開に驚いただろうか。俺も驚いた。置き引きにあった人が出会い頭に「ホレ、ライター使いな」と言ってくるだろうか。自分だったら言わない。きっと自分のバッグがないことよりも他人のライターが無いことに心を傷めるタイプのおじさんなのだろう。優しいおじさんだ。

「そうなんだよ。だから財布ごと取られてしまって、身分証明証もカードもお金も携帯も無い状態なんだよ」

事態は予想以上に深刻だった。最初の「この辺は変わらないなぁ」って言ってたくだりは本当になんなんだ。どう考えてもそんなこと言っている場合じゃ無いだろ。

「仕方がないから帰ろうと思っても電車賃がなくてなあ、駅員さんに借りようとしたけど身分証明書が必要だって借りられなかったんだ」

「そうだったんですね。せっかく久しぶりの東京なのに散々でしたね」

ひとまずおじさんに精一杯の慰めの言葉を送った。

「そうなんだよ。本当に散々で…。うっ、うっ」

泣き出してしまった。当時大学生だった俺はおじさんを泣かすことに慣れていなかったので戸惑った。周りの人は遠巻きにおじさんと俺のことを見ている。駅の広場に見える時計は正午を指していた。

「あ、財布も無くなったならご飯食べてないんじゃないですか? せっかくなのでご飯でも食べながら話を聞きますよ。食事代出しますから」

「え、いいのか? ありがとうありがとう。こんなに優しくされるの生まれて初めてだ。うっ、うっ」

こちらもこんなに知らぬおじさんに感動されるのは初めてなのでおあいこ様だと思った。

「何が食べたいですか?」

「それなら学生の頃に食べていた店に行きたいんだけど」

そう言って近くのカウンター席のみの老舗カレー屋さんに連れて行かれた。

「いやぁ、ここは変わらないなぁ。大学の頃来た頃と雰囲気も味も全然変わってない」

「そうなんですか。カレー美味しいですね」

カレーを食べるとおじさんは少し元気を取り戻したようだ。やっぱり空腹になると人間弱くなるものだ。

「妻ともよくここに来たなぁ」

「大学の頃からのお知り合いなんですか?」

「そうなんだよ。大学は一橋に行ってて妻ともそこで出会ったんだ」

「一橋!すごいですね」

「それでな●●●(大企業の名前)ってわかるか?そこへ勤めてな。最終的に役員までなったんだ」

「おぉ。凄まじいですね」

おじさんの口から語られる華々しい経歴の数々に驚いた。そのほかにも色々話を聞いた気がするが、だいたいはそんな話だった。
カレーを食べ終えて駅前に戻ると、おじさんは言った。

「ご飯ご馳走になっただけでも悪いのに、こんなこと頼むのは心苦しいのだけれど、群馬に帰るまでの電車代貸してもらえないだろうか」

おじさんは頭を下げていた。

「そんな、よしてくださいよ。もともとそのつもりですから安心してください。電車代と途中の食事代とかで3000円あれば足りますか?」

「そんなにいいのか? ありがとう。ありがとう」

おじさんは目に涙を浮かべていた。

「それではお元気で」

そう言って、格好良くおじさんのもとを去っていった。いいことをすると清々しい気分になる。
あしたにでも友達にこのことを自慢してやろう。そう思った。

「え? お金渡したの? どんだけピュアなんだよ。ピュア通り越してバカ」

友達から崇め奉られるかと思ったら罵詈雑言だった。

「そんなの嘘に決まってるじゃん。騙されたんだよ、お前は」

友達曰く、これは良くある手口で俺は騙されたらしい。
何回も丁寧に説明されたが、未だに騙されたと思えない自分がいる。
あの時のおじさんの涙は嘘だったのだろうか。答えは今後わかることなんてないだろう。

だからこそ、騙されたと思っているより、信じている方が救いがあると思っている。

おじさんどうかお元気で。