ツイッターでつぶやけない

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昨年ツイッターを始めた。
始めたといっても別に今回が初めてというわけではない。
まだ大学生だった時分にやっていて、しがらみが面倒で辞めた程度にはツイッター経験があった。リアルな人間関係をソーシャルネットワーク上に反映するのは本当に疲れるし、馬鹿馬鹿しい。

そんな一度離れたツイッターだったけど、このサイト(わかばたいむす)作るし、投稿をツイッターと連動させるかぁと思って再び始めてみた。

リアルな友人関係もなく、ただ単に相互フォローと書かれたアカウントをひたすらフォローしたり、興味のあるサイトや人物をフォローしたりしながらソーシャルネットワークを構築した。

勧誘のダイレクトメッセージが多々来ることは弊害だが、少なくとも大学生の頃のように、リアルな人間関係や力関係を気にしながららフォローやツイートをしなくて済むし、好き勝手つぶやくことができる環境になった。俺のセカンドSNSライフがここからスタートする。

そんな意気込みでツイッターを始めて半年近く経った今、いまだにツイートができていない。

なぜだ?

わかばたいむすの記事が投稿されればツイートに反映されるようにしているため、立川豊の投稿内容が全て記事ツイートになってしまっている。

そしてこの記事でも紹介したように記事も自動で作成・投稿しているため、ただのBotアカウントと化してしまっている。

これじゃダメだ。SNSを有効活用できてない。
やっぱりインタラクティブさがないと。インタラクティブなコミュニケーションによってゲマインシャフトがゲゼルシャフトにムーブするから。横文字を使って意識高い系気取ってみたけどあんまり意味はない。

こんなふうにウダウダ考えてても仕方がない。ひとまず呟くことから始めよう。何を呟こうか。天気が良いかね。いや、待て。天気は個人的な情報が含まれるのではないか。ここで「めっちゃ、雨降ってるー」とかツイートした時に、偶然にも俺の周辺にしか雨が降ってない場合、確実に俺の居場所は特定されてしまう。コナンくんが「あれれー?おかしいぞー?」とかわざとらしい声で毛利のおじさんにヒントを与えてしまう。それではダメだ。

では何が良いのだろう。そもそも天気とか当たり障りのないことを呟いても埋もれてしまうのではないか。大学生の頃にクソくだらないツイートでも返信があったのはリアルなしがらみのおかげだ。「めっちゃ良い天気!」にイイネ付けて何が楽しいんだ。「ほんと良い天気ですね!」っていう返信には生産性もなにもない。そんなしがらみも無い今、目に留まるようなツイートをすべきなのではないか。とりあえずタイムラインを眺めてイイネが多かったり、リツイートが多いものをピックアップしてみよう。

①このツイートをリツイートで現金や商品券プレゼント
②芸能人のどうでもいいツイート
③時事ネタに対するするどい指摘
④著名人のいいこと言ってる風のツイート

ふーむ。俺にプレゼントする財力もなければ、芸能人でも著名人でもない。となると時事ネタに対してなにかしらツイートすればいいのかね。あーダメだ。世間の動きに興味関心がない。時事ネタを探す気もなければ呟く気もない。完全なる手詰まり。袋小路であり八方塞がり。俺はこのまま呟くことができず立川豊のアカウントはただの更新通知アカウントになってしまうのか。

いや、そもそも誰かの目に留まることを欲しているのだろうか。自分の身体は大量のイイネやリツイートを求めているか。ノーだ。SNSやこのサイトに承認欲求の充実を求めるのであれば、内容が変わっているはずだ。こんなクソくだらないこと書いてないで、クレジットカードの会社別の申請方法とかを記事にして、可愛らしい猫のGIF動画をツイートした方が多くの人が共感してアクセスやイイネも延びるだろう。

では何をSNSに求めるのか。自問自答してみる。富?名誉?名声?共感?地位?繋がり?どれも違う。

何も求めていない。別にSNSに何も求めちゃいないのだ。
であれば何も呟く必要はない。

ツイッターに何か投稿しようとする度にこんな考えが浮かんでは消えて結局ツイートできずに終わる。

28歳。お魚のソーセージがあればお野菜も食べれるよ。

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